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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(行ツ)132号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告人らの上告理由について

一  本件記録によれば、上告人らの本件訴えは、被上告人が千葉県市川市の市長として違法に公金たる市長交際費を支出したことにより同市に損害を与えたので、同市の住民である上告人らにおいて、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号の規定に基づき、同市に代位して、被上告人に対し右損害の賠償を請求する、というものである。

右訴えにつき、原審は、(一) 普通地方公共団体の一定の職員の行為について、当該職員の地方公共団体に対する賠償責任の特則を定めた法二四三条の二第一項の規定が適用されるべき場合には、当該職員の賠償責任の存否若しくは範囲の決定又はその責任の実現は、専ら同条所定の手続によつてのみ図られるべきものであるから、住民が地方公共団体の有する請求権を代位行使することを認めた法二四二条の二第一項四号の規定によるいわゆる代位請求訴訟は不適法である、(二) 法二四三条の二の規定は、普通地方公共団体の長の賠償責任についても適用されると解すべきであり、本訴請求が被上告人自ら支出負担行為又は支出命令をしたことを理由とするものであれば、同条の規定が適用されるべき場合にあたるから、本件訴えは不適法である、(三) 仮に、本件訴えが被上告人自ら支出負担行為又は支出命令をしたことを理由とするものではなく、かかる行為をする権限を委任された補助職員による右委任事務の処理について被上告人に指揮監督義務違背があることを理由とするものであつても、その賠償責任については法二四三条の二の規定が類推適用され、専ら同条所定の手続によつてのみ右賠償責任の存否若しくは範囲の決定又はその責任の実現が図られるべきものであるから、いずれにしても本件訴えは不適法であるとして、上告人らの請求を棄却した第一審判決を取り消し、本件訴えを却下する判決をした。

論旨は、要するに、本件訴えを不適法であるとした原審の右判断は法の解釈適用を誤つたものである、というのである。

そこで、以下検討する。

二  法二四二条の二の規定による住民訴訟の制度は、昭和二三年法律第一七九号による法の一部改正により住民監査請求の制度とともに創設されたもので(旧二四三条の二)、普通地方公共団体の執行機関又は職員による法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止するため、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もつて地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであつて、執行機関又は職員の右財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に、住民が自らの手により違法の防止又は是正を図ることができる点に制度の本来の意義があるものである(最高裁昭和五一年(行ツ)第一二〇号同五三年三月三〇日第一小法廷判決・民集三二巻二号四八五頁参照。)

ところで、法二四二条の二第一項四号所定の損害補てんに関する代位請求訴訟は、地方公共団体の有する損害賠償請求権を住民が代位行使する形式によるものと定められているところ、法二四三条の二は、普通地方公共団体のいわゆる出納職員、予算執行職員等同条一項所定の職員の行為による賠償責任について特別の規定を設けているので、同条一項所定の職員の行為による地方公共団体の損害賠償請求権は同条三項所定の賠償命令によつて初めて発生するものとされたものであるかどうか、また、普通地方公共団体の長は同条一項所定の職員に含まれるものであるかどうかについて検討する。

法二四三条の二は、一項において、同項所定の職員が故意又は重大な過失(現金については故意又は過失)により、その保管に係る現金、有価証券、物品若しくは占有動産又はその使用に係る物品を亡失し、又は損傷し、あるいは、法令の規定に違反して支出負担行為、支出命令その他の一定の行為をしたこと又は怠つたこと(以下、怠ることを含め、単に「行為」という。)により地方公共団体に損害を与えたときは、その損害を賠償しなければならないものと規定し、二項において、右損害が二人以上の職員の行為によつて生じたものであるときは、職員は、それぞれの職分に応じ、かつ、自己の行為が損害の発生の原因となつた程度に応じて賠償の責めに任ずるものとし、三項において、普通地方公共団体の長は、同条一項所定の職員が同項に規定する行為によつて当該地方公共団体に損害を与えたと認めるときは、監査委員の監査を求め、その結果に基づき、当該職員に対し期限を定めて賠償を命じなければならないものと規定するなど、同条一項所定の職員の賠償責任に関する特則を定めている(同条九項参照)。

ところで、同条の沿革について見るに、昭和二二年法律第六七号による法制定に際しては、旧法制において存した吏員の地方団体に対する公法上の賠償責任の制度を採用せず、普通地方公共団体の職員の賠償責任についてはすべて民法の規定により処理することとして、これに関する特別の規定を設けなかつたところ、その後、公金亡失等の事故の増加に対処するため、前記住民訴訟の制度とは全く別個に、簡易な手続により地方公共団体の損害補てんを図る目的をもつて、昭和二五年法律第一四三号による法の一部改正により、出納長又は収入役その他の普通地方公共団体の職員が法令の規定に基づいて保管する現金又は物品を善良な管理者の注意を怠り亡失又はき損した場合には、当該地方公共団体の長は監査委員の監査の結果に基づき期限を定めてその損害を賠償させなければならないものとする規定(旧二四四条の二)が法に新設されることになつたものである。そして、右規定は、昭和三一年法律第一四七号による法の一部改正により副出納長又は副収入役、出納員、分任出納員その他出納事務を掌る職員の行為についても適用されることとなり、さらに昭和三八年法律第九九号による法第九章の全文改正により現行二四三条の二の規定として整備されるに至つたものであるが、その際、責任発生の要件が限定され、現金の亡失の場合を除き故意又は重過失がある場合に限られることとなり、また、国の制度である予算執行職員等の責任に関する法律、(昭和二五年法律第七二号)にならい、支出負担行為、支出命令、支出若しくは支払、監督若しくは検査の権限を有する職員又はこれらの事務を直接補助することを命じられた職員の行為が新たに同条一項の賠償責任の対象として加えられることになつたものである。

以上のような法における職員の賠償責任に関する制度の制定、改正の経緯に現行二四三条の二の規定内容を合わせ考えれば、同条の趣旨とするところは、同条一項所定の職員の職務の特殊性に鑑みて、同項所定の行為に起因する当該地方公共団体の損害に対する右職員の賠償責任に関しては、民法上の債務不履行又は不法行為による損害賠償責任よりも責任発生の要件及び責任の範囲を限定して、これら職員がその職務を行うにあたり畏縮し消極的となることなく、積極的に職務を遂行することができるよう配慮するとともに、右職員の行為により地方公共団体が損害を被つた場合には、簡便、かつ、迅速にその損害の補てんが図られるように、当該地方公共団体を統轄する長に対し、賠償命令の権限を付与したものであると解せられる。

してみれば、法二四三条の二の規定は、同条一項所定の職員の行為に関する限りその損害賠償責任については民法の規定を排除し、その責任の有無又は範囲は専ら同条一、二項の規定によるものとし、また、右職員の行為により当該地方公共団体が損害を被つた場合に、賠償命令という地方公共団体内部における簡便な責任追及の方法を設けることによつて損害の補てんを容易にしようとした点にその特殊性を有するものにすぎず、当該地方公共団体の右職員に対する損害賠償請求権は、同条一項所定の要件を充たす事実があればこれによつて実体法上直ちに発生するものと解するのが相当であり、同条三項に規定する長の賠償命令をまつて初めてその請求権が発生するとされたものと解すべきではない。なお、法二四三条の二第三項以下の規定によれば、同条は、当該地方公共団体の長の発する賠償命令につき、不服申立手続を規定し、かつ、三年間の除斥期間を設けているが、このゆえに、同条が同条一項所定の職員の行為について同条三項に規定する賠償命令による以外にその責任を追及されることがないことまでをも保障した趣旨のものであると解することはできない(同条一項所定の職員の行為により生じた当該地方公共団体の損害賠償請求権については、その性質上、賠償命令の除斥期間とは別に、法二三六条の債権の消滅時効の規定の適用があるものと解される。)。

そして、普通地方公共団体の長は、当該地方公共団体の条例、予算その他の議会の議決に基づく事務その他公共団体の事務を自らの判断と責任において誠実に管理し及び執行する義務を負い(法一三八条の二)、予算についてその調製権、議会提出権、付再議権、原案執行権及び執行状況調査権等広範な権限を有するものであつて(法一七六条、一七七条、二一一条、二一八条、二二一条)、その職責に鑑みると、普通地方公共団体の長の行為による賠償責任については、他の職員と異なる取扱をされることもやむを得ないものであり、右のような普通地方公共団体の長の職責並びに前述のような法二四三条の二の規定の趣旨及び内容に照らせば、同条一項所定の職員には当該地方公共団体の長は含まれず、普通地方公共団体の長の当該地方公共団体に対する賠償責任については民法の規定によるものと解するのが相当である。

そうすると、法二四二条の二第一項四号の規定に基づく損害補てんの代位請求訴訟においては、当該訴訟が法二四三条の二第一項所定の職員に対し同項所定の行為を理由として損害の補てんを求めるものであるか否かによつて訴えの適否が左右されるものと解すべき理由はないのみならず、当該訴訟が当該地方公共団体の長の行為による損害の補てんを求めるものである場合には、実体法的にも法二四三条の二の規定を顧慮する必要はないものといわなければならない。

三  以上と異なり、上告人らが本訴請求の原因とする被上告人の本件交際費支出行為について、普通地方公共団体の長も法二四三条の二第一項所定の賠償責任の対象職員に含まれ、本件は同項の規定が適用されるべき場合にあたり、かかる場合には住民は法二四二条の二第一項四号の規定による損害補てんの代位請求訴訟を提起することができないものであるとして、本件訴えを不適法とした原審の判断は、ひつきよう、右各規定の解釈適用を誤つたものであるといわなければならず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、本訴請求の当否につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高島益郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫)

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